Ho_ly の曲づくりについて書いてみる

そういえば私、オリジナル曲をずーっとやっていて(中学生からなのでもう35年くらいになりますか)、曲の作り方についてどこにも書いてなかったように思うので、ちょっと書いてみようかなと思います。

※お前ごときが何を語っとんねんと思われるかもしれませんが… 興味のある方だけ読んでいただければ。

※文章を書くモードと曲をつくるモードは全然頭の動きが違うので、全体的に支離滅裂かもしれません。音楽の話とか芸術の話とかをするときは、頭が理路整然としないんです。でもそちらの方が自分の思いが伝わる感じがするので、あえて文章をあまり推敲しないで書いてみようと思います。

Ho_ly の作曲方法

私が毎日手にする楽器はギターなのですが、この十数年くらいはできるだけ楽器を持たずに作曲するようにしています。というのも、楽器を持ってしまうと「楽器の練習」をしてしまうし、ついいつもの手クセで曲を作ってしまうからです。

というよりも、「作曲しよう」として曲をつくることをできるだけしないようにしてます。突然曲が頭に流れてくることがあるので、それを慌てて書き留める(録音する)というのをよくやります。

歌詞が同時に出てくることもありますが、たいていの場合英語っぽい歌詞なので、何を言ってるのか自分でも聞き取れませんので、その英語の響きを活かして日本語の歌詞を作ったりします。

お風呂に入っていたり、電車に乗ってるときだったり、車の運転中だったり、なにか一人になって考え事をするとき(というか手持ち無沙汰で空想にふけるしかできない状況のとき)にアイデアが出てくることが多いです。

頭の中で繰り返し流れる音楽を、できるだけ再現しようと思うのですが、うまく再現しきれたことはありません。他のいろんな情報が邪魔しちゃうので。

Ho_ly の頭の中について

私、ちょっと頭がおかしいというか、自分でも変だなと思うことがよくあるんですが、常に頭の中で何かの音がしてるんです。自分の考える声とかが音声として流れてきます。寝てる時以外は常に、です。

映像もそう。目を瞑ると映像が流れてきたり、幾何学模様がウニョウニョ動いたりします。(冒頭の画像みたいなのが近い・輪郭が光ってることもよくある)とにかくそういう音声とかビジュアルがドバドバ溢れて流れてくるので、それを処理するのがすごく忙しいんです。

その流れがふと途切れたときに曲が出てくることが多い気がします。

たぶん私は何かしらの脳的な傾向ががあるんだろうなと思っています。(お医者さんに診断してもらったことはないですが)

社会生活に支障が出るほどではないので(出てる?たぶん出てないと思う)、まぁそれはそれでいいかと思っています。

急にそういうモードになるので、いつも忙しいんですよね。慌ててお風呂から出てきてケータイに録音することが多いです。

自分の知らないコードなんかが出てくるので、それを探していく作業をする感じになります。だからコード進行がセオリー通りじゃないと思います。

再現しきれない部分は、自分の知ってる範囲でねじ伏せてしまったりもします。なので一種の一貫性というか、Ho_ly 節みたいなものはあるのかもしれません。

ただ、本当にいろんなジャンルの音楽が頭に流れてくるので、私の音楽って「これ」というくくりができないんです。でも基本ロックなのかな?ポップスとロックと変態の間みたいな感じかなと思っています。

Ho_ly が大事にしていること

すごく表現が難しいんですが、その曲の「雰囲気」を大事にしています。「空気感」と言ってもいいと思います。「様相」とも言えるかな。

同じ曲でも、最初に演奏したときと2回目に演奏したときは「空気」が違いますよね。そういう「その瞬間でしか出てこない空気」を真空パックしたいと思いながら作っています。

曲を作るというよりも、「音」を作るという方が近いかもしれません。音程があっているとかメロディラインがどうとか、考えないようにしています。(もちろん考えないようにしていても気になるところは直します)

声も楽器も、その場のリバーブも、洋服のこすれる音も、すべての音が混ざった総体を作っている感覚を大事にしています。リズムがズレていたって、ピッキングを失敗したって、それが空気をカッコよくするならそれを残します。

だから、一度世に出した音源はそこで終わりだと思っています。

その曲の歴史が終わる、ということじゃなくて、その演奏の集合体はそこで固まって結果を残した、ということ。歴史はそこから始まると思います。

なので、セルフカバーやリマスターはもう別の曲だと思っています。

歌詞について

歌詞を大事にしていないのかというと、全然そうではなくて、歌詞を書くときは本当に頭がおかしい状態になります。そうしないと書けないというか。

実体験をそのまま書いたり、時には素直な気持ちを書くこともありますが、大抵の場合は憤怒とか、虚無感とか、疑念とか、欲望とか、そういう頭とか心に蠢く渦のようなものを吐き出す事が多いです。そこにしか吐き出すところがないので。

なので、普段の私のキャラクターと歌詞・曲調との乖離に驚かれることが多いです。

瞳を閉じたり、翼が生えたり、明日に向かって全力で走り出したり、そんなアホな歌詞は死んでも書きません。(書いてる人がいたらごめん 自分の中での話なので)

本当は、日本語に縛られたくないんです。他の言語も使いたいし、なんだったら言葉じゃなくてもいいんです。その感情が表現できればなんだっていいんです。

でも、日本語が一番得意なので、当然日本語の歌詞が多くなります。

ただ、頭に曲が流れてくる段階で自分の声がなにかを歌っているんですよ。その響きを使いたいから、それに合わせた歌詞を充てがうことはよくあります。

あと、どうしても何語でも表現できないときは歌詞を付けずにただの何かの発音にして録音しちゃうこともあります。

曲提供モード&ビジネス音楽納品モード=デザインモード

自分の音楽を作るときは、内蔵を口から引きずり出してぶちまけたような音楽になることがよくありますが、「他人の音楽を作る」ということになると、一気に別人のようなモードになります。

女性アーティストに曲を提供したり、仕事の依頼があって曲をつくるときは、完全に「デザイン脳」になります。

そいういうときには、透明なビーズを敷き詰めてみたり、キラキラな空を見上げたり、そんな世界観も平気で登場します。

イラストやデザインの仕事との関係

私は幼い頃から漫画家になりたくて、中学のときに楽器を手にするまでは毎日絵を描いていました。

漫画家の道は断念した(というか音楽が私の人生を占領した)ものの、現在はデザインの仕事やイラストの仕事を本職にしています。幼い頃の夢が4分の1くらいは叶ったのかな、と思っています。

デザインって、アートとは全く別のものでして、詳しく説明すると本が一冊書けるくらいなので割愛しますが、私がデザインの仕事をしていることと音楽をやっていることは、まさに「両輪」なんです。

お互いにいい影響を与えているし、どちらが欠けてもうまく動きません。

デザインとアートは別物ですが、考えるときや何かを生み出すときに脳の中のどこかの部分にグッと力を入れる、その場所はすごく似てる気がします。脳の中の動いている部分が近いんですよね。

音や言葉に色を感じる人がいますが、私はそういう能力はありません。ただ、そんな気持ちで音を作っている気がします。

歌詞についてもそうなのかもしれません。感動する言葉やコピーを見ていると、絵を見ているような感覚になることがありますが、歌詞を考えるときはそういう感覚に近いと思います。

デザインをやっているからできる考え方もあるし、音楽をやっているからできるデザインの手法もあります。

まとめを書こうとしてもまとまりません

文章を書く時って、最後にまとめることが多いですが、今回ばかりはまとまりません。やはり支離滅裂になりました。

見返すと、正確でない部分もあったり、言葉が足りない部分もあったりして、何回見ても書き直したいところが出てきます。でももうこのへんで一旦終わることにします。

また気が向いたら、自分の作るものについて書いてみようと思います。